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無用の長物①

本当はみんな、それぞれ産まれた時にからだの奥深くでビッグバンが起こって、シュワシュワとエネルギーが外に向かって放出されていくけれど、邪魔をするみたいに皮膚と肉がシュワシュワを包み込んで、それぞれに歪なからだの形のなかで乱反射して、やがてシュワシュワという音はちいさくなってしまう。シュワシュワという音がまだ大きくこだまするうちに、からだに穿たれた穴から、そとにその音を響かせられたら、それはラッキーだけれど、たいがい、そうできないうちにシュワシュワはちいさくなって、やがて、からだの中の音に自分自身も耳を澄ますことにも疲れて、静かにぬるんだ体液は凪いでゆく。言い訳はみんなが用意してくれる。なぜなら結局は、そのほうがお互い、しのぎやすからだ。みんなが。

ぼんやりとそんなことを考えたのは、最初に空けたワンカップ酒の酔いがまわってきたからと、いま開けた缶チューハイから勢いよく炭酸が噴き出たからだ。缶チューハイの上蓋に
「おさけです」
と書かれている。その脇にプツプツとした突起があって、多分点字で同じことが書かれている。缶チューハイを飲む盲人を想像する。
アルミ缶の上蓋をさすり、点字でアルコールの存在を確かめる盲人。
「おさけです」
「知っています」
おれは心のなかで呟いて、缶チューハイに口をつける。
公園に風は吹かない。点在する貧弱な遊具。青いすべり台や茶色のブランコ。捨てられた空き缶や煙草の吸殻。剥げた鶯色のベンチ。日差しはあまり入らない。薄暗く狭い公園だからこそ、学校が終わるこの時間帯でも、こどもたちは寄りつかない。人気の無い公園。つまりは、おれがこうしていることにうってつけの公園だ。煙草に火をつけて、このあとの算段をする。溢れて漏れたチューハイにベトつく手を、紺色のズボンに拭いつける。そこだけ濡れて黒くなる。
缶チューハイを飲み干して、家には十六時過ぎには帰るだろう。掃除機をかけてクイックルワイパーを振り回す。炊飯器をセット。確か冷蔵庫には小松菜と油揚げとしめじ。三人分の味噌汁を作る。洗濯物を取り込みたたんで十七時過ぎにシャワー。髭を剃り歯を磨けば、酔いや酒臭さやヤニ臭さや胡散臭さも幾分消えるはずだ。十七時半には家を出て保育園に行く。歩く。保育園に到着したら当たり障りのない挨拶をして、遊んでいる息子に虫除けを塗り、靴下を履かせて保育園を引き上げる。忘れもののないように。あいつはうろうろと歩く。たっぷりと道草をする。ベビーカーを嫌う。大通りを渡るときは抱き上げる。あいつは歩くことを中断されて泣くけれど、また歩きだす。あいつ。家には十八時半には着くだろう。手を洗い、手を洗わせて録画しているアンパンマンを見せている間、保育園バックを整理する。汚れもの。おむつを補充して。かみさんが仕事を終えて帰宅する。かみさんはコップや箸やスプーンを配置しておかずを用意する。おれはアンパンチを何度も撃たれて、夕飯は十九時過ぎ。ごちそうさまをして、風呂を沸かして……
とにかくうまくいくだろう。なんとか。缶チューハイのひと啜りごとに、今夜の成功が確信に近づく。もう、今夜について考えがまとまらないくらい酔いがまわって、おれは作業着の内ポケットからペーパーバックの薄い本を出す。煙草に火をつける。

『magnetic current』

英文のわからないおれは、スマホで翻訳しながら、缶チューハイを啜る。飲み干す。そしてまた、新しい缶チューハイを開ける。シュワシュワは噴き出なかった。公園から音が消えてゆくが、からだのなかからはシュワシュワが聴こえる。あるいはそれはただの耳鳴りかもしれないし、やがて深刻な幻聴に育ってゆくのかもしれない。